ニューヨーク滞在記③

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予定通りにダウンタウンの列車に乗って、アスタープレイス駅で降りる。そして地図で方向と距離感を確認しながら、モモフクヌードルバーに向かって歩いた。

電車はさっきよりも少し印象の悪い薄暗さだった気がした。電車によって通る方面が違うから、この列車の通る地域は、少し治安の悪いお国柄なのかもしれない。そうそう、地下鉄の路線図を見て分かるように、地下鉄の種類は、赤がレッドライン、青がブルーライン、緑がグリーンラインってな感じで識別されている。んでダウンタウンはSt.の数字が少なくなっていく、つまり南の方向への移動を表わしていて、アップタウンはSt.の数字が大きくなっていく方向、いわゆる北上に進む電車を意味する言葉なんだよ!ニューヨークの鉄道は分かりやすいっていうのは、こういうことなんだと思う。

ガイドブックによると、アスタープレイスは日本人街のある街らしかった。日曜日の朝の閑散とした街並みを、2人の日本人が並列して歩く。そして、駅から15分ぐらい歩いたところに、目的のラーメン屋さんに辿り着いた。店は改装されたばかりのようで、店内を日本風に演出しているようであった。木が素材として用いられていて、ヒノキのような香りが、テーブルや椅子やカウンターから漂ってくるのだった。

俺らはカウンターではなく、木板のテーブルのある方に座ることにした。ラーメンは16ドルで日本円にして1800円と高かった。けれども、お味は今までに食べた中では2番目ぐらいの、それでも俺の中では1、2を決めかねるほどの、僅差で美味しい絶品のラーメンであった。こんなに美味しいラーメンに、こんなところで、しかも初日に出逢えるなんて思ってもみなかった。鶏がらのダシに角煮の肉汁が旨い。また、店員は常にコップを気にかけてくれていた。そしてグラスの水が少なくなると、しょっちゅうオカワリを注ぎに着てくれるのだった。日本語が通じないことをいいことに、きっとチップをたかってるんだぜ、なんて冗談を言っていた。

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黙々とラーメンをすすって満腹になると、「ラーメン屋でのチップっていくらなんだろう」という議題が始まったのだった。ガイドブックでそこそこに確認しながら、ひっそりと相方と密談を行う。店員さんには水をいっぱい注いでもらったし、俺は美味いラーメンを頂けたことに満足だったので、キリよく20ドル札を出すことに決めた。そのため、このラーメンは日本円にして2200円のラーメンとなったのだった。

会計が済んで店を出ると、相方がショックを受けているような表情をしていたのだった。彼はレジで代金を支払った際に、100ドルという比較的大きなお札を払ったことで、店員に嫌な顔をされたらしかった。さらに、細かいチップが出せなかったために、支払いの後にお釣りの中から3ドルを渡したという。すると、店員は会計が終わった後だからと、渋い顔をして受け取ったんだという。実に理不尽な話だ。わざわざチップをあげたのに嫌な顔をされるなんて…。

アメリカみたいなカード社会では、お店側が大きなお釣りを用意してるとは限らないんだってさ。だから大きなお札を出すのは禁物なんらしい。俺は細かいお札をいっぱい持って来ておいて良かった。1ドル札はチップとして配るのに必要。面倒臭いけれども、常に持っておけるようにするために、なるべくお釣りでは1ドル札をもらえるように計算して、お金を支払わなくちゃいけないんだねぇ。

その後、明日から通うLSI(今回語学研修を受ける学校)の校舎を下見しようということで、アスタープレイス駅から同じグリーンラインで、LSIのある通りと同じ名前のキャナルSt.駅まで下っていくことにした。

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そして、ノリータやソーホーなどのアメ横みたいなお店の並びを、ここまで東に来た分、一気に西に向かって歩いた。通りには偽物っぽいブランド屋さん、Tシャツやお土産、靴などを扱う小店が連なっていた。シャボン玉を発射するガンの実演販売などで賑わう歩道を、荷物をすられないようにと気をつけながら早歩きでせっせと通り過ぎる。人ごみもそこそこにあり、道幅の広いキャナルSt.の交通量も、ひっきりなしに車が往来していた。そこで日本との違いを感じられたのは、歩くとすぐに汗ばんでしまいそうな、じめじめではないもののじりじりとした刺すような日差しと、排気ガスの息苦しい空気だった。

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レッドラインのキャナルSt.駅まで西に歩くと、交差点のすぐ近くにLSIの校舎があった。LSIはメトロポリタン大学のビルの校舎の中にある学校のようだった。今回は中には入らなかったけれど、今日のLSIの下見は大成功だった。これで明日に余裕ができた。思い出した、あとはスーツケースが返ってくるだけかぁ。。。

13:00にキャナルSt.からレッドラインに乗って、59St.駅に帰った。北上なのでアップタウンだ。電車で片道20分ぐらいかな。学校も宿舎も立地が良い。地図を参照するに、どちらもマンハッタンの中心にあって、どこに行くにも移動がとっても便利そうな所だと考えられる。

13:30になり、再びフロントに行ってみることにした。今度は「Do you have a suitcase from LaGuardia Airport?」と尋ねてみた。するとフロントの黒人のお兄さんは奥に少し引っ込んで、荷物があるかを確認する素振りを見せて、すぐに戻ってきたのだった。「俺の英語、通じたんだ!」…、けど俺らのスーツケースは届いてはいなかった。参った。チェックインについては、再度お願いしてみても、規定の14:30まではまださせてくれないとの一点張りであった。疲れたから横になりたいのによぉ。。。

仕方がないので、これからどうしようかとただ宿舎の正面玄関で突っ立って2人で話をしていた。相方はこれからラガーディア空港に荷物の状況を聞きに行くと切り出した。しかし俺はそれに反対した。そんなことをしても埒が明かない。やっぱりこんな異国では、今は荷物を信じて待つのが賢明だろう。相方は空港まで無料で行けることと時間があまりかからないことを理由に、1人でも行ってみると主張した。俺は行きたくなかったので「じゃぁ気をつけて行って来いよ」と返したところ、相方の後方に1台のバンが停車した。

そのときだ。相方越しの俺の視界に、相方のスーツケースが映った。見ると後部座席に俺達2人のスーツケースが積まれているではありませんか!!バンからは白人のお兄さんと黒人のお姉さんが降りてきて、2人で俺達の2つのスーツケースを降ろし始めたのだった。そしてゴロゴロと転がしながら、ホテルの玄関にいる俺らのところにやってきたのであった。俺はその配達員だか空港の人だかは分からない男性に、にっこりと声をかけることにした。

「It’s mine.」「じゃああれは?」「And that one is my friend’s」。すると、「What’s your friend’s name?」と驚かれた。相方の名前を答える。「じゃぁあなたはツルモ…」「Yeah, I’m Tsurumoto.」。

指定された箇所にサインしながら、体全体がじわ~っと熱くなるのを全身で感じた。恥ずかしくない英語が通じた。すっげー嬉しい。すっげー、すっげー、すっげー嬉しい。いやぁ、これは現地では幼児でもできる簡単なやり取りなんに違いない。でもこの瞬間は、通じたことにものすっごく嬉しかったんだ。この会話では、相手の言葉まで一字一句正しく理解できていて、互いに違和感なく疎通できたんだ。この嬉しさは、ずっと忘れない。

そして今、そう、たった今だよ、待ちに待った荷物が帰ってきたんだった!!

ホッとしたー。携帯を充電したい。パソコンも充電したい。日本にはメールをしたい。伸びたヒゲは鬱陶しいから剃りたい。歯は磨きたい。横になりたい。そう、何よりお風呂に入りたい…。

YMCAのチェックインは14:30だと再三言われてきたので、ロビーのソファーに腰掛けて、返ってきたスーツケースをナデナデしながら45分ほど時を待った。そして2人、フロントに並んだ。

14:25から列に並び始めたものの、列はあまり消化されず、30分間待たされた。フロントは黒人のお兄さんが2人での対応だった。しかし、列には常に15人ぐらいの人が列をなしている。これは地獄だ。彼らはひどく大変そうだった。本当に彼らはセコセコと働いていたのだった。途中、外国人同士で「割り込むな」や「私が先よ」などといった口論までを耳にした。それほどに列の消化は悪かったのであったのだ。

待ちに待って書き込んだチェックインの用紙を提出すると、今度はパソコンの調子が悪いと言われ、さらに15分待たされることになった。フロントの2人は明らかに疲れた表情を見せて、時折わずらわしさを直に表情に出した。そこには日本人のような丁寧な接客はなかった。嫌な顔を一つも見せない、日本のサービス業はやっぱり、懇切丁寧で素晴らしい。

並び始めてから正味1時間が経った。15:30になって、やっとのことで宿泊の手続きが完了したのだった。部屋番号は9階の917番室だ。

フロントからエレベーターで昇って、しばらく歩いたところに我らが917番室を発見した。いやぁ、狭い。部屋はベッドを3個並べたぐらいの大きさだった。2.5m×4mぐらいかな。タタミでいうと6畳(1畳は1.8m×0.9m)ぐらい。そこには2段ベッドがあって、机と椅子が1つずつ置かれていて、鏡が1つ、クローゼットが1つ、空調機器が1つ、天井の電気が1つだけがあった。また、テレビは天井から釣り下げられていたのだった。事前にネットで下見と口コミの調査はしていたものの、184cmの巨人2体にとってみれば、ここはあまりに狭い寝床だ。俺はすぐに2段ベッドの上を選んだ。上は閉塞感こそないものの、柵などの囲いがないために、下手に寝返りを打つとそのまま床のタイルに落下してしまいそうだ。

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すぐにパソコンの電源を入れて、彼女、LSIの日本支社の岡芹さん、母親の3人に、無事に到着しましたメールを送った。今は落ち着いては来たものの、依然として先が見えず気が抜けない状況だったので、彼らには取り急ぎのメールとなってしまった。

やっとベッドで横になれるー。取りあえずまず、久しぶりのスーツケースを広げて讃えよう。さーて、何から取り出してやろうかなっ♪

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今日は一日、寝不足だった上に結構な距離を移動してきた。相方は時差ボケで疲れていたためだろう、そのままベッドに横たわり、すぐに眠りについてしまった。俺は汚れた自分に我慢ができなかったので、寝る前にお風呂に入ることに決めた。

お風呂は部屋の中にはなく、風呂というより共同のシャワー室が、部屋の外の共同トイレと同じ空間に納められているものであった。この部屋はトイレに入って右側の空間にトイレの個室が3室、左側に流し台が4台とシャワールームが3つという構成だった。そしてシャワールームにはシャワーが1つずつ固定されていて、1m四方の床の敷地で、カーテンを閉めて浴びれる仕組みになっていた。とにかくここは終始アンモニア臭のする空間だった。そこで17:00から1時間ぐらいかけて、ゆったりと2日分の疲れを流した。

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ドライヤーを済ませると18:00になっていた。そこで、すやすやと眠る相方を尻目に、パジャマ代わりのジャージを着て、一人で近くの24時間営業のスーパーに買い物に出掛けることにした。

ホテルの近くに見つけたデュアンリード(duane reade)は、スーパーではなくドラッグストアだった。ニューヨークではドラックストアが日本のコンビニのような役割を果たしているらしい。ニューヨークのドラッグストアでは、薬はもちろんのこと、コンビニのような食料品や、生活用品が取り揃えられているのだ。そこでアップルとオレンジ味のトロピカーナを各1.69ドルと、1ガロン(約3リットル)の飲料水1.76ドル、そしてチョコレート8.96ドルを買ってみることにした。またしてもお釣りを計算して、1セントを消化して賢く支払うことができた。

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ホテルに帰り、パソコンを開いて19:00までの間に、今日1日の行動を簡単に記録しておいた。眠くて仕方がなかったので、大まかな流れのみを記述して寝ることに決めた。

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とにかく英語が伝わり始めた。そして外国人に向かうことにも怖気づかなくなってきた気がする。英語が通じると楽しい。英語が通じたって実感できたときがイチバン嬉しい。通じるか通じないかのスリルも楽しい。あとは学校が始まってからの友達とのコミュニケーションっかなぁ~。

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