「もはやハコを貸すだけの時代ではない」と宣言するべきではなかろうか。ビルのコンセプトに基づき、オーナーとその共感者たちが自分たちの手でビルをつくりかえていく試みがある。彼らは異端児なのか、それとも新人類なのか。その目的と意味に迫った。
先月15日、東京都千代田区の「神保町」駅近くに立地する「弦本ビル」の一室であるイベントが催されていた。イベント名は「DIYWEEKEND打ち上げ」。5階建てのビルの2階部分を業者などの手をほとんど介さずにオーナーとテナント側、そして利用者が自らの手でDIYを行ったものだ。ビルのオーナーである弦本卓也氏が今年の3月に購入したもので、1階には飲食店、2階と3階が事務所使用、4階と5階は住居部分の複合型のビルとなっている。今回、完成となった2階部分は、前所有者の時代は雀荘として利用されていた部分。内装は良く言えば「昔ながらのもの」、悪く言えば「古びた」という表現が当てはまるものだった。
弦本氏はこの内装をそのまま使用するのではなく、新しい内装へのチェンジを決断していた。それにはいくつか理由がある。ひとつは同氏がビルを購入したときに立てた目標だその目標とは「面白い暮らし方の創造」。同氏はビルを内見した際に、4階、5階の住居スペースが今となっては少なくなった畳敷きであったことに感銘を受け、「ここから新しい暮らし方の提案、そしてひいては若い人たちが主体となって面白さを発信していけるような新しいビルの形が提案できるのではないだろうか」と考えるに至った。
しかし、そのためにはいくつか乗り越えなければならないこともあった。ひとつは築35年が経過していたことだ。当然、経年劣化が進んでおり壁のクロスなどの汚れも目立っていた。弦本氏が考えていた若い人を集めて面白い暮らし方、ビルの新しい形を発信していくという目的を果たしていくために、ビルを自らのコンセプトに賛同する人たちの手でつくっていくことにした。そのためにも今の時代とニーズに合わせた内装へと変えていかなければならない、そのような思いがあった。
その面白さを発信していく基地として現在機能しているのが、購入直後からビル2階の入居者となり、「神保町の秘密基地」の形容も浸透してきた「Tokyo Producers House」だ。今回のDIYで中心人物のひとりとなったのが同Houseのプロデューサーである梶海斗氏。本業は会社員で、これまで建築などに関する知識があったわけではなく、「アウトドアが好きなので細かい作業は得意」と本人が言うくらい。同氏は今回のDIYについてその苦労と狙いを次のように話す。
「今回、私は統括管理的な立場でDIYの進行を見守っておりました。DIYと一口に言ってもかなり大規模なものでしたので、私以外にもTokyoProducersHouseの会員で親が工務店を行っている高柳龍太郎氏には実際の作業のときの責任者をしてもらい、現役の建築学科の学生である阿部光葉氏にはDIYのデザインについて考えてもらいました」
多くの人の自発的な参加も手伝い、DIYプロジェクト自体はスムーズにいったという梶氏。これまでイベントスペースとしての使い方が中心だった場所に、コワーキングスペースも設けることによって、昼は働く場所、夜はイベントと若き起業家やノマドが集える場所にも変わろうとしている。
もちろん、DIYを進める上で様々な意見調整は発生した。
「たとえばキッチンを主に使っているメンバーとしてはキッチンをよりキレイにしてほしい、イベントスペースを主につかっているメンバーからはこの部分の重点的な改装を求める声、それ以外にも様々なニーズが寄せられました。限られた予算のなかでそれらの意見を全体の合意に近付けていくべく、デザイン案を考える上では試行錯誤の連続だったと聞いております」(梶氏)
今後、同ビルはどのような形になっていくか、弦本氏と梶氏が異口同音に言うのは「今回の2階部分のDIYは第一弾」。弦本氏は「将来的には全フロアに波及させていきたい」と話す。梶氏も「今回行った経験・ノウハウを基にして、たとえばエントランスから各階に続く階段部分など、全体的なDIYを行って、『弦本ビル』としての発信力を高めていきたい」と語る。
ビルのDIYはまだまだマイナーな分野。テナント側に意欲があったとしても、原状回復費用などの懸念から二の足を踏みがちでもある。しかしながら、同ビルではオーナーの理解と情熱からこれまでのハコモノとしてのビル経営からの脱却を図っている。それはビルに与えたコンセプトの実現と価値向上への挑戦だ。ただのハコモノではないビル経営が若きオーナーと、その協力者によって創り出されている。