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「戌笑う」と希望に溢れるのは、昨年バブル崩壊後の日経平均最高値を記録した株式業界だけではない。ビル業界もまた、天井を打ち破ろうと大手・中小問わず施策を試みる。笑ってみせるためには先手必勝か。旧年中に仕込み、新年元旦より大きな花火を打ち上げようとする向きもある。
ビルの魅力の外部発信をするために、入居者に照準を合わせた書籍を出版するビルがある。
東京メトロ「竹橋」駅から徒歩3分、「神保町」駅から徒歩4分。神田錦町の一角にある「弦本ビル」。働く・食べる・住むの「職食住」が一体となり、2階に入居するコワーキングスペース「TOKYO PRODUCERS HOUSE」(プロハ)を発信拠点としビル業界にこれまでも新しい潮流を引き起こしてきた。
その「弦本ビル」が2018年1月1日に発売したのが『プロハ夢手帳』。2016年8月に出版した『PRODUCERS』に続き2冊目。プロハは2015年の開業から約2年半。開設当初より入居していた20歳台半ばで起業を志していた人たちはすでに30歳前後。そのうち10人超は業務拡大のためにプロハを卒業している。
「その彼ら・彼女らがどのように自分達の夢を実現していったのかに焦点を当てました。『プロハ夢手帳』の目的はそのストーリーを通して、これからこのコミュニティに参加したいと考えている若い人たちにビルやプロハの歴史の一端を伝えるとともに、夢を実現するまでのロードマップを考えるツールにしてもらいたいという思いを込めています」
このように語るのは書籍編集を行った早野龍輝氏。「プロハ」の生みの親の一人だ。
書籍は「プロハ」に関わりのある起業家など12人のインタビュー記事と4つのコラムがテーマ別に掲載されている。4つのテーマとは「好きを見つけて仕事にする」「行動から発見につなげる」「『できる』と『求められる』のバランスをとる」「ゴールに向かって突き進む」。いわば独立起業を目指す上でのイロハ。言い代えれば「ノリ」と「体当たり」で獣道を切り開いてきた、「プロハ流」のエッセンスが詰まっている。
「プロハ流」らしさは、製作過程のエピソードにも存在する。
インタビューを担当し、ライティングを行った高橋渚氏は実は「記事を書くことは初めてだった」と。しかし、オーナーである弦本卓也氏の呼び掛けに「『やってみたい』と思って手を挙げた」。このような「ノリ」の良さはビル全体に通じるものがある。
チャレンジは『PRODUCERS』にはなかった新企画も実現させた。読者のための「ワークシート」など、その好例といえる。
各章の末尾にはワークシートが掲載されている。読者が読み進んでいくなかで、自分の立ち位置、考え方を確認するものだ。作成を担当した鈴木真由美氏は「読者にも考えてもらう双方向な書籍にしたいと考えた」と言う。人材コンサルティングの経験を生かした。
この『プロハ夢手帳』は出版して終わりではない。1月以降「書籍の登場人物たちに実際に会えるイベントを企画している」(高橋氏)という。イベントの狙いは、書籍を媒介してのコミュニケーションだったものをリアルに移行する点にある。そこでの更なる交流を通して、「プロハにも新しい風が吹くのではないか」と話す。
外部に発信していくだけにとどまらない。内部のコミュニティ強化にも役立つ。鈴木氏は今回の製作に携われたことを振り返って「残るものに関われたことは私にとって『弦本ビル』とプロハへの帰属意識を確かなものにしている」と語る。これは製作スタッフや書籍への登場人物たち関係者全てに共通するといえる。
ビルに愛着を持ったテナントがいることはビル経営者にとっては「安泰」を意味する。『プロハ夢手帳』の原点は、弦本氏が入居者のひとりひとりと密に交流し正面から向き合ってきた結果といえよう。その姿勢こそが「打てば響く」、そして「帰属意識を持つ」善き入居者たちを招いた。
「弦本ビル」と「プロハ」の財産である「人」を焦点に当てた『プロハ夢手帳』。120ページのオールカラーと豪華仕様だが自費出版だ。弦本氏に総制作費を聞くと「それなりにかかっている」と苦笑する。「売れれば一番」と話すが、そもそもそれは出版の目的ではない。
「世代は移っていきます。ただ人が変わっても、『弦本ビル』と『プロハ』の根本は『やりたい、を実現できる場』であること。入居者ひとりひとりが夢の実現に向けたロードマップを歩むにあたって、これまでのプロハが築いてきた数々のストーリーを参考にしてもらいたい」
ビルに焦点を当てた書籍は珍しく、まして入居者に焦点を当てたものとなれば大手デベロッパーのものでもその数は少ない。
ベンチャー育成のためのシェアオフィスやコワーキングスペース事業が多い今日。『プロハ夢手帳』は新しい時代のビルのあり方に一石を投じる。