よくさぁ、最近の音楽を聞いてて感じるんだけど
「君に出逢えた奇跡」がどうのこうのだとか
「君を愛するために生まれてきた」んだとかなんとかって
運命がどうのこうのって歌う曲がやたらと多いじゃない?
あれって本当の『運命』じゃないような気がするんだよねー。
どんなに「君」がいないなんてありえない!って叫ぶ運命論者でも
実際にその「君」のいない人生を生きたとしたら
「君」とはまた別の「君に似た誰か」を見つけて、その誰かを愛することになると思うんだ。
でもってその運命論者は、その「君ではない誰か」に対してまでも
「キミ以外はありえない~」なんて叫んでみたりするんだ…。
そしたらやっぱり「君」がいない世界もありえたわけで
そこには必ずしも「君」がいる必要はなかったということになる。
結局、人は「君」という名の「誰でもいい誰か」にかこつけて
運命や奇跡を感じた気になりたいんじゃないかな。
きっと、そこに感じるべき本当の『奇跡』や『運命』は、「誰でもいい誰か」に出逢えたことじゃない。
そういった前提を踏まえた上で、その「誰でもいい誰か」が
目先の「あなた」だったってことなんじゃないかな。
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