Aug/29/2008 FRI 晴れ
睡眠0:30→7:00
7:00起床。おはよう!今日ははじめて英語を話している夢を見たよ。脳が英語に毒されてるぅ~♪以前買った板のチョコレートをかじって、今日の宿題をやり終え、着替えて8:00に宿を発つ。昨日の夜にスーツケースに広げておいた靴下の一つをつまんでみると、まだ半乾きの靴下が少し気持ち悪そうな感触だった。
相方と出たホテルの角の交差点には、今日は果物屋さんのスタンドが出ていて、苺が1パック2ドルで売られていた。これは安い。お得そうなので、1パックを購入してみる。
今日は少し曇った金曜日だ。そうだ、金曜日といえば、今日はコウの最終日だった。今夜の夕飯にはコウを誘って、最高のお祝いにしよう。それを相方に持ちかけると、すぐにオッケーしてくれた。今日はここへ来て最初の一週間になりながら、あっという間にコウとのお別れパーティーの日となった。
今朝の相方は、レッドラインのダウンタウンのホームに下りるのに、効率のいい地上の階段の出方を教えてくれた。59.st駅の出口はひとつではなかった。改札へと通じる昇降口は、交差点をまたいで3つ4つあるみたいなんだけど、いつも乗っていた通りの向こう側に、もう一つの降り口があったのだ。ニューヨークでは地下鉄の車両は車と同じで右側通行だ。だから地下鉄で行きたい方向に走っている車の側の車道脇の階段を降りれば、その方向に向かう電車のホームに降りられるという計算だった。
レッドラインでいつものキャナルSt.駅に降り立って、階段で地上に上りきると、交差点のスタンドでベーグルを買うユウキが立っていた。相方もベーグルを買うと言ったので、俺は先にラウンジに行って、苺を洗っておくことにした。
ラウンジには壁際に流しのシンクがひとつ置いてあり、そこは自由に使うことができるようになっていた。近くには飲み水用の給水機もあって、味は市販の天然水に劣るものの、最近はそこで空のペットボトルに水を満たして飲んでいるのだ。苺のパックには底に穴があけてあったので、パックごと丸ごと水につけて、苺を洗ってテーブルへと戻った。相方たちと合流して、丸ごとの苺を練乳や砂糖をかけずに、苺をパックから取り出して食べてみた。直接食べるのは慣れないけども、とても美味しかった。スタンドで安く売られていたのは、多少傷があってボコボコだったり、サイズがバラバラだったり、熟れきっているものが多かったからに違いない。酸味のあるものもあったけれども、熟れているものほど甘く感じられた。ひさしぶりに、まともなビタミンを摂取したような気がする。
今日の授業では、2人組になってhave to、must、shouldを用いてアドバイスを出し合うという練習をした。今日はほとんど日本人とあたらなかったため、ひさしぶりに英語以外の言語が通じないプレッシャーを感じることができた。本当にうちのクラスは日本人が多い。日本が夏休みの時期なのが大きな理由のような気がするけど、LSI全体でみても日本人の留学生は多そうだ。日本人同士では堂々と英語を話すのが恥ずかしかったりするし、共通の経験があるので言いたいことが雰囲気で伝えらてしまったり、困ったときはジェスチャーを使うと事足りちゃったりなんかするので、あまり英語の学習の場としてはよろしくない気がしていた。
明日からの土、日、月は、三連休になってしまう。そこで、クラスメートと会う機会はあまりなくなってしまう。そこで、休み時間になると、トビーに休暇の予定を聞いてみることにした。トビーはスイスの出身のナイスガイで、たまに、クラスメートのカズなどの日本人と一緒にいるのだ。しかし、週末には彼は、火曜日にあるテストに向けて一日勉強をするんだと言っていた。
昼休みには、クラスのみんなで写真を撮った。毎週金曜日には最終日の人がいることがあるから、金曜日はきまって写真を撮るんだそうだ。毎週写真を撮るのは大変だけど、毎週の記念になっていいかもしれない。
左上から、モエ(東京)、マリナ(ロシア)、ユウリ(慶應理工)、俺、トビー(スイス、歯科技工士らしい)、ジュリー(先生)
左下から、カズ(大学卒、数学の先生を目指す)、サンボン(韓国人、映画を撮るのが趣味)、マユミ(京都)
写真を撮り終えるとすぐに授業は終了した。日本人たちは授業から開放されると、その後に少し集まり日本語でコミュニケーションをとるようになっていた。クラスメートのユウリが今まで行ったところで、お勧めだった場所なんかを話してくれた。確かに情報の共有のためには、日本語で意見交換した方が都合がいいね。俺はモエとマユミに今夜、ブルーノートのジャズパーティーに行くから来ないかと誘われた。ブルーノートはニューヨークの名所のひとつで、敷居の高いジャズの施設のようだった。彼女たちはそこに行くのはすごく神聖なことで、行かないことはまるで損であるかのような言い回しだった。しかし、今日はコウの最終日だった。俺は返事を曖昧にしたまま、コウたちがいるラウンジに向かったのだった。
コウは掲示板の近くの机で、オフィスに提出する最終日のアンケートを書いているところだった。その隣には相方がいて、英語で書かれた専用のフォームの和訳をコウにしてあげていた。まわりは今日で授業を終える人や、それを暖かく見送ろうとしている外国人たちで賑わっていた。まだここに来たばかりの俺にはあまり実感がわかないものの、そこは騒がしくも、もの寂しい雰囲気の空間だった。でもその一方で、まだ3週間は残っているものの最後の日が少しだけ予感されて、それまでになにができて、どんなものを残せるんだろうなという思いになったのも事実だった。
コウが感想やアンケートなどを書き終えたので、14:00に相方、コウ、ユウキ、そして俺の日本人4人で、何かお昼を食べようってことで1階に下りていった。コウにとっては、そのどれもが思い出の景色となっていたのだったろう。最後になってしまった校舎を見つめて、コウは何か感慨深そうな表情を見せていたように見受けられたのだった。
玄関を出ると、相方はシェイクシャックスタックバーガーを食べに行こうと言った。相方の話によると、シェイクシャックはニューヨークの雑誌か何かでナンバー1のハンバーガーだと認定されたことで有名なお店だという。3人はそれに賛成した。キャナルSt.を東に歩いて、オレンジラインに乗って23St.駅までをアップタウンする。そして、駅を降りると、目の前にはマディソンスクエアパークが広がっているのだ。
公園の中には噂のハンバーガーショップが俺らを前に待っていた。店の前には、行列が公園の舗道にまで列を成して伸びている。店内も賑やかそうで、もうそこはお昼時の戦場と化していた。
14:30から列に並び始めて、1時間半ほど雑談をしながら行列に並び順番を待っていた。きっと待ちきれない人も増えてきたのだろう。16:00にもなると徐々に後ろの行列も短くなっているのが分かった。
行列が園内にまで進むと、メニューを選ぶよう看板が用意されていた。コウは一番量の多くて高そうなセットを選んだ。俺もお腹がそこそこに空いていたので、シャックスタックバーガー(9.50ドル)とフライドポテト(2.75ドル)に決めた。
注文の際には、レジでお金を払うと名前を尋ねられた。ハンバーガーの受け取りは別の場所でするらしく、できあがると鳴って呼び出す仕組みの機械を渡されたのだ。これはいささかハイテクだった。ユウキの話ではユウキの地元の静岡のイオンでも、フードコートで同様のものが使われているらしい。
合計で12.25ドルだったんだけれど、ハンバーガーは半端なく美味しかった。肉が大きくてジューシーで、カリカリした衣の中にチーズが隠されていた。サクサクした食感と、味付けされた肉汁がたまらない。ナイスなお店選びだ。相方サイコー!初日のラーメンもそうだったが、外さない。
シェイクシャックバーガーは公園内で食べられる席があるものの、ハトやスズメがまわりに群れていて、ポテトのおこぼれほしさに人々のまわりを巡回していた。少しでもポテトが地面に落ちると、その瞬間に鳥たちの狂喜乱舞の奪い合いが勃発するのだ。
食後には、コウがトイレに行きたいと言ったので、しばらく園内を散策しながらトイレを探すことにした。
マディソンスクエアガーデンの公園内にも、野生のリスが何匹か戯れている。コウがトイレに駆け込んでいる間に、ユウキが猫を呼ぶように手を振ってリス呼び寄せると、あら不思議、リスは目の前に、というか手のすぐ近くまで寄ってきたのだ。ユウキはリスを呼び寄せるのが本当に上手かった。
マディソンスクエアパークの角の23St.駅へと戻ると、相方が、目の前にフラットアイアンビルがあるのに気づいた。相方はよく情報誌を研究してる。フラットアイアンビルとはここいらグラマシーで有名な、アイロン型の細長いビルのことだった。たしかに細長いのが特徴のビルだ。手前なんか部屋が一室しかないに違いない。廊下や部屋のつくりが気になるところ。
公園の向こうのビルもまた綺麗だ。地下鉄に戻る前に、公園に向かって4人でそれぞれカメラを向けて撮影タイムに耽っていた。今日のような雲はとても絵になる。16:30だというのにほら、まだこんなにも街は明るいのだ。
今日が最終日のコウに、今後の過ごし方についての意見を求めた。そして彼の希望を汲んで、みんなでお酒を買ってセントラルパークに飲みに行くことに決めた。オレンジラインでタイムズスクエア駅からレッドラインに乗り換えて、YMCAの近くの59St.駅に帰ってきた。そしてタイムワーナービルというビルの中のデパートの、地下にあるホールフーズという食料品の売り場に赴く。
ホールフーズはデパートの地下一階のすべてを売り場面積にしていて、惣菜、カウンター、お菓子、アイス、果物、野菜、生鮮の魚や肉、日用品、デリ、パン、フードコートなどを散りばめているデパートの食料品売り場のような場所だった。会計のレジは40台近くあり、お客さんは6列に並んで、順番にアナウンスされた空いたレジへと通されていく。それでもこのお店では、15分ぐらいレジを待たされるという人気っぷりだった。
そこで、4人は相談を繰り返して、缶ビール、ブルーベリーのビール、スモークサーモン、ビーフジャーキー、アイス、サーモンのチーズ巻きを買うことにした。料金は一人12ドルの割り勘だった。今日は天気は曇っているけど、セントラルパークの園内で飲もうという企画だった。そもそも相方とは日本でもよく公園飲みをしていた。相方は吉祥寺の「いせや」という焼き鳥がお気に入りで、吉祥寺で飲んだあとによく公園でも焼鳥と缶ビールを飲むことが多かった。
17:30に、園内に適当な岩場を見つけて4人は荷物と腰を下ろした。ニューヨークでは公園での飲酒が禁止されているらしく、お酒は諦めることにした。サーモンも辛めに味付けされたビーフジャーキーも美味しい。途中から、アイスもスプーン4人で4つでほじくり返して食べた。これはヨーグルト味で美味しい。日本にもありそうな、違和感のない味わいと言えそうである。
しばしの歓談をしていると、背後から黒人のお兄さんが現れて、声をかけてきた。後ろには同じく黒人の、自分の奥さんとベビーカーに乗った娘を連れている。すると突然、彼はラップ調で俺らに訴えかけてきた。そそくさと自分のCDを買ってくれと売り込みはじめて、この娘のために歌ってんだZE☆と言わんばかりに後ろを振り返る。これにまた黒人のお母さんが応えて、ベビーカーを少し動かしながら首をすくめて販売促進を手伝うのだ。突然何事かと驚きながらも、しかし意味のほとんど汲み取れない流れるようなラップ調に聞き入りはじめたころに、ああこの人はCDを売りに来たんだと気づいて、みんなで必死に断った。すると彼は諦めて、今度はすぐ近くの別の人のところに移動して、また同じラップ口調で何かを訴えにいったのだ。お金を稼ぐって大変なんだね。家族総出で、外見からはそんなに貧しそうには見えないのに。公園内では物販も許されてはいないようだったものの。
購入したお酒は瓶だったので、開けるには栓抜きが必要だと気がついた。栓抜きが必要なこともあり、ホテルに戻ることにした。サーモンのチーズ巻きはまだ開けていないでいたが、他の2人もトイレに行きたいらしく、しかもいきなり大粒の雨がぽつぽつと降りはじめてしまったので、荷物をまとめて、結局みんなでホテルに移動して部屋で続きをすることになった。まだ明るいから通り雨だったんであろう、部屋に戻るともう雨は止んでしまっていたかのようだった。
18:30になり、ユウキにも我らがホテルを紹介することとなった。コウは過去に一度来たことがあった。カードキーは2枚しかないのに、4人の人間がロビーを通してもらえるかは心配になったけれど、白人のカードチェックのおじさんは、カードキーを2つ見せただけで、あっさり通してくれた。部屋に着くと、いよいよビールをあけることができた。栓抜きはなかったので、俺の持ってきたサバイバルナイフを使いながら。しかし、頑張ってあけようとしても、王冠がなかなか上手に空けられない。そこで、相方とユウキが、王冠をひねれば瓶が空けられることを発見してくれた。なんだ、形は王冠でもひねって空けられるタイプだったのね。。。
こうしてビールが僕らの祝杯となった。にしても、めちゃめちゃ苦い。仕方なくブルーベリーのビールを開けることにしたものの、これも美味しくない。実に美味しくない。本当に、本当に美味しくない。いやぁー、確かに一口目はブルーベリーの風味がしたよ?でもね、でも二口目からはまったくの別の味なのよ。ただのマズい味の添加された苦いビールだった。どっちかっていうとゲップの味だ。誰だよビールにブルーベリー添加しようぜとか無邪気なことを言い出したヤツ!そしてそれを商品化しようと許可したヤツ!ブルーベリーのせいなのかわからないけど、混ぜるとこんなにも美味しくなくなるのか。。。
みんなでマズいマズいと悪評を叩いていると、相方が突然立ち上がって、カッコよくイッキ飲みを披露しはじめた。
だれもやれなんて言ってないのに、自分から「行きます!」のようなサークルのノリで。んで、相方は会場を虜にして、即座に相方の伝説の撮影会にその場を変えたのだった。
「俺もこれを飲まないとなにも言えねぇ」ということで、続いて俺もイッキに飲んだ。喉を通るときには味は感じなかったけれど、あれほど辛いのは久しぶりだった。いや、キツいというのが味の意味であれば、これははじめてだったと言っても異論はない。
炭酸も日本よりか断然、強い。渋い喉越しにこらえながらも、ぐはーっと一気に飲み干してやった。
そんなノリが伝播して、みんなで順番にイッキして全部呑み切った。お互いに写真を撮りあって、フラッシュの嵐になった。特に、コウの飲み顔は勇姿溢れる表情だった。
くつろぎながら、今日が最終日となるコウの話題を中心に、説教や人生論、そしてユウキの過去の悩み、恋愛、性格などについての話をした。
ユウキは相方に同じ空気を感じると言った。相方もそれを聞いて、そうかも、と喜んでいた。俺にはわからないけれど、なんだかふたりは考え方や性格が似ているらしい。
21:00まで部屋でずっと話していた。6本入りだったブルーベリービールを2本残して、それ以外は食べるのも全部、平らげたのだった。
そして、とうとうコウとの別れの時間がやって来た。相方とともに、2人を59St.駅まで見送りに行って、そこでコウと握手をしながら肩を抱いた。これはいつだかコウに教えてもらった、アメリカの軍人の挨拶の仕方だった。コウはここに来る時に空港で、アメリカの軍隊の人だかに教えてもらったんだと言っていた。彼に強く力を込めて、最後に何か言いたいことはないかとたずねてみた。すると、コウは「見返りのない優しさで世界中を幸せにしたい」と言い残した。最後に相応しい、とてもいい言葉ではないか。そして、またいつか会おうと熱く誓いを交わしあい、それぞれが帰路に発つことにした。ユウキはタイムズスクエアまでは、コウと同じ帰り道とのことだった。
見送りの帰りに、ショートカットにと通過した隣のホテルの中庭のベンチで、相方と腰掛けて少し話をすることにした。相方はこの場所が気に入ったようで、ふたりで座って30分ぐらい話していた。
相方はまださっきまでの続きで、今度は自分の話がしたいようであった。相方は高校時代から仲が良かったけど、どちらかというと気難しい人間だと思われがちなところがある。俺の「別に」は本当に別にどっちでもいいんだ、とか、言葉の定義などを話してくれた。普段俺が考えないような、他人についてや自分についてを、相方は多く考えているようであった。そんな話もまた興味深かった。相方は、自分のことを考えてくれる友達がいて嬉しいと言った。今夜は相方と今まではあまりしなかった深い話ができたような気がした。
それから、相方の指摘で気づいた。俺はシステマティックに考えながら生きているんだって。それは恐らく友達作りに対してもそうなんだと思うんだけど。初日にだれとでもすぐに話せるように中央の机をとったこととか、どちらかというと韓国人と多くつるむことから、彼はそう判断したんだと思う。
相方は先にホテルに戻るとのことだった。流れる水と夜空がきれいだったので、俺は引き続きしばらく残って彼女のことなどを考えることにした。日本ではこんなにのんびりベンチに座って考えるなんてことはしばらくなかったなぁ。日本では大雨が降ってるんだったっけか、彼女に手紙を書かなきゃ。元気にやってるかなぁ。彼女は純粋で素直で、正直で、それでいて心が澄んでる…って、手紙に書こう。
他のベンチではおじさんやおばさんが世間話をしていたのだけれど、噴水が止められて、ホテルの人が部屋に戻るように話しかけていたみたいだったので、俺も部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると相方はもうすでに寝てしまっていた。俺はそこから22:00にシャワーをして洗面所にて歯を磨く。そして歯を磨いた後に飲むための水や、日中に摂取するためのジュースを確保するために、23:00に、いつものドラッグストア、デュアンリードに買い物に行く。こないだの美味しくなかった水とは別の銘柄の天然水を1.75ドルで、それからトロピカーナのオレンジとアップル味を各2.79ドルで購入した。それで合計7.52ドルだった。そして日記を1時間ほど書いて、0:45にベットにもぐりこむ。
コウ、今まで楽しかったぜ、ありがとう。明日は気をつけて帰ってな~!
ベンチでの風景は、夜は暗くて写真は上手に撮れなかったので、昼にまた戻ってきて写真を撮ることにした。
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