20160801_週刊ビル経営(第968号)-1

「TOKYO PRODUCERS HOUSE」で奏でる「弦本ビル」物語

ビル内コミュニティを描いた『PRODUCERS』を出版

 

ビル業界におけるひとつのムーヴメント「TOKYO PRODUCERS HOUSE」(通称、プロハ)の軌跡を収めた書籍『PRODUCERS』が出版された。

日本社会において近年キーワードとなっている「シェア」という考え方。ビル業界においても、これまでの一区画にひとつのテナントではなく、ワンフロアを様々な人とシェアしていく「コワーキングスペース」や「シェアオフィス」はその走りだ。ただし『PRODUCERS』の舞台となっている「弦本ビル」のビルオーナー弦本卓也氏および、そのビルの2階に入居する「プロハ」はそれらとは一味異なる。彼らは既成のシステムを用いることなく、オーナーと入居者の協力によって自力で実践しているのだ。

彼らはどのようなストーリーを描いてきたのか、その前段となる弦本氏のビル購入や「プロハ」誕生までの経緯を見ていこう。

弦本氏はこれまで戸建などの売買経験はあったものの、ビル購入は初めてだった。「不動産売買の経験はありましたが、ビルは規模が大きく、発想としてありませんでした」と語る弦本氏。付き合いのあった不動産仲介会社から「面白いビルがあるんだけど」と持ち込まれた時、「まさか」というのが正直な思いだった。

「内見に行って、4階と5階が和室になっているのを見ました。私が考えていることは『新しい住まいや暮らしの方法』を実践していくことで、このビルではそれを実践していくことができるのではないかと思いました。その観点からビル購入を決めました」(弦本氏)

購入後に弦本氏が奔走したのはテナント探しだった。弦本氏は仲介事業者を利用するのではなく、様々な人と出会い、その中のひとつが「プロハ」の構想を持っていた早野龍輝氏や梶海斗氏だった。そこからオープンまでは早かったが、次の課題は築古の内装でも若者が集まるような空間をどのように創るかだった。

出した答えはDIYで改装していくことだった。工期前や工期中にも様々な課題に直面したが、7日間で改装を終えて創り上げた。この工事で全体の統括を行っていた梶氏は自らの手でDIYを行ったことについて次のように振り返っている。

「このプロハを自分たちが作ったというその自負や愛着だったり仲間感というのがコミュニティを強くしたと感じ、本当にDIYをやって大正解だったと思いました」

同書では「プロハ」のできるまでについての経緯や、このコミュニティに関わる運営者やイベント主催者、そして拠点にして動く起業家、会員の4つのカテゴリーのそれぞれに焦点を当てたインタビューが並ぶ。そこには彼ら・彼女らが「プロハ」をどのように使い、なぜこの場所を選んだのか、そしてそれぞれが事業として行っているビジネスの構想などについてのインタビューを掲載している。

本書の編集を担当した早野龍輝氏が編集後記で記した次の文章は「プロハ」のコミュニティの真髄を示す言葉だろう。

「住み込みで管理を担当しているメンバー中心に広がる輪が、プロハを強固なつながりにしていたのだ。きっとこのつながりは単なるレンタルオフィスには生まれないだろうし、一朝一夕でつくれるものでもない。時間をかけ、金銭以外の価値を追求してこそ生まれる価値なのだ」

弦本氏はひとりのビルオーナーとして「うまくいくビルオーナーの条件について僕なりの考えを述べるならば、『どんな問題にも柔軟に対応してテナントの意見を尊重することだ』と答える。テナントとの最初の関係は大なり小なり利害関係で成り立っているかもしれない。尊重していけば、テナントもビルも一体となって同じものを目指せると思う」と語る。

今回の出版はオープンから1年の軌跡を描いたもので、物語は現在進行形だ。だからこそ『PRODUCERS』も年刊形式に設定されているという。

紡がれていく物語がどこへ進んでいくか、それは1年ごとに発行されていく『PRODUCERS』で見ることができるだろう。

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